鈴木さん(38歳)は、中堅の機械メーカーで働くトップセールスマンだ。彼の仕事に欠かせないのが、取引先との会食、つまり「接待」である。週に三、四回は夜の街に繰り出し、お酒を酌み交わしながら商談をまとめるのが彼のスタイルだった。若い頃はいくら飲んでも翌日にはケロリとしていたが、35歳を過ぎたあたりから、体に変化が現れ始めた。朝の目覚めが悪くなり、何より気になったのが、急速に進行する薄毛だった。洗面台の鏡に映る、生え際が後退し、頭頂部が寂しくなった自分の姿に、鈴木さんは深い危機感を覚えた。原因は明らかだった。不規則な生活と、過剰なアルコール摂取。しかし、営業成績を維持するためには、飲みの付き合いを断るわけにはいかない。板挟みになった鈴木さんは、まず専門のクリニックの門を叩いた。医師から告げられたのは、やはり飲酒習慣が薄毛を加速させているという厳しい現実だった。そこで鈴木さんは、医師のアドバイスのもと、「飲酒との付き合い方改革」を決行した。まず、一次会で必ず会食を終え、二次会の誘いは「翌朝早いので」と勇気を持って断るようにした。乾杯はビールでも、二杯目からはウイスキーや焼酎のソーダ割りに切り替え、チェイサーの水を必ず隣に置いた。おつまみは、唐揚げやポテトフライには手をつけず、刺身や冷奴、枝豆といった高タンパク・低脂質なメニューを意識して選んだ。そして、どんなに遅く帰宅しても、寝る前にコップ二杯の水を飲み、アミノ酸のサプリメントを摂取することを習慣にした。休肝日を設けるのは難しかったが、週末は家族と過ごし、一滴も飲まない日を作るよう努めた。この改革を始めて半年が過ぎた頃、鈴木さんの髪に明らかな変化が訪れた。抜け毛が減り、髪全体にコシが戻ってきたのだ。もちろん、クリニックでの治療の効果もあっただろう。しかし、生活習慣、特に飲酒との向き合い方を変えたことが、何よりも大きな要因だと鈴木さんは確信している。今も彼の営業スタイルは変わらないが、その手には、ビールジョッキと共に、髪と健康を守るための固い意志が握られている。
ある営業マンの髪とアルコールの物語